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東日本旅客鉄道・東海旅客鉄道 東海道線 <391M 快速ムーンライトながら>東京-名古屋 373系クモハ373-5 (録音日:06年12月・08年12月25・26日)

今や幻となった373系”ムーンライトながら”をまったりとお楽しみください

(MP3形式 320kbps 機材:ZOOM H2・KENWOOD DMC-S9NET+AIWA CP-S22)
 
停車駅:東京(23:10発)・品川・横浜・大船・小田原・熱海・三島・沼津・富士・静岡・浜松・豊橋・豊橋からの三河塩津、尾頭橋を除く各駅・名古屋(6:06着)

 ムーンライトながらが走らなくなってから早いもので数年が経過しました。
 もはやこの列車に乗車したことのない世代も増えつつある中、『そろそろか...』と思いつつ編集を始めるK.N。7時間に及ぶ走行音をじっくり聞き返すのでした。

 この391M列車は、本を正せば東京-大阪間を結んでいた夜行普通列車を始祖とするもので、最盛期はいわゆる”コミケ”に向かう旅客で通路に新聞紙を敷いて寝る旅客が現れるほどの混雑ぶりを見せていた普通列車でした。少しでもサービス改善を図ろうと、晩年は全車指定席化となり、指定席券の争奪戦は今の希少な列車の指定席券争奪戦よりも遥かにすごかったと記憶しております。
 そんなムーンライトながらが、定期運行から臨時運行化される前の最後の年末に録音した音源となります。年末休みが始まろうかという12月25日(木曜日)、車内放送では繰り返し『本日は満席です』との案内がある中、『どうしても今日中に静岡へ帰りたいんだ』という方をはじめとした色々な事情を持つ旅客が押し寄せ、車掌氏の苦労を垣間見ることが出来ます。
 在りし日の東海道夜行列車の様子を存分にお楽しみください。

※録音当時、391M列車は9両編成(前より6両が東京-大垣間、後より3両が東京-名古屋間)で運行されていました※
 

・東 京 - 熱 海
(画像をクリックすると音声ファイルへ飛びます)
停車駅:品川(23:17着/23:18発)・横浜(23:35着/23:36発)・小田原(0:30着/0:31発)
 名古屋で切り離しとなる後ろ3両の方が、前より6両よりも若干乗車率が落ちるということで、最後尾車両の台車上の座席を確保。意気揚々と東京駅へ乗り込むと、既に列車はホームで待機しているところでした。
 年末の追い込み需要からか、中央線からの乗り換え客を待つために二分ほど延発。今や懐かしい発車メロディとなった『ドリームパーク』と『津田英治さんの自動放送』に見送られ、始発駅を経つながら号。最初の停車駅である品川でも、同じ様に山手線からの乗り換え客を待ち、これまた今では聞くことの出来ないバージョンの『鉄道唱歌』で見送られ、横浜までのノンストップ運転に入ります。
 横浜を出て、本格的に東海道の道筋を辿り始める373系。暗闇の中を快走する様も今ではお目にかかることができなくなってしまいました。そして、日付変更線を跨ぐ駅となる小田原に到着します。多くのマニアサイトでは、『小田原駅で日付を跨ぐので、小田原からの指定席券を持ち乗車するのも手である』といったようなことも書かれていたためか、小田原で席を巡って車内トラブルが起きることも多かったようです。実際に、2006年に乗車した際も例に漏れずと発車遅延が起きてしまいました。(無券客と券を持っている旅客の座席争奪戦)
 2008年に乗車した際は奇跡的にそのようなこともなく、するっと小田原駅を発車していくのでした。大変ありがたい限りです。

・熱 海 - 浜 松 
(画像をクリックすると音声ファイルへ飛びます)
停車駅:三島(1:02着/発)・沼津(1:07着/1:08発)・富士(1:21着/発)・静岡(1:49着/2:09発)
 熱海駅から東海の乗務員さんに代わり、各駅の発車時に静岡支社名物の三拍子笛が耳に飛び込んでくるようになります。深夜帯でももちろんこれなので、もしかするとこれで飛び起きていた人が居たのではなかろうかと邪推してしまいがち。
 富士を過ぎてしばらくしたあたりで、熱海から乗車した無券ガールが席に座りたいとレチさんに懇願する模様を拾っています。熱海から静岡方面へ向かう最終列車なので、とりあえず飛び乗る勢もかなり居たのでしょう。しかし、指定席券は売り切れという体なのでレチ氏も「とりあえず空いている席に座ってもらって良いですかね」としか言いようがありません。周りの旅客も既に夢の中。レチさん本当にお疲れ様です。。
 列車はまったりと西進し、そろりと静岡駅へ進入。ここでは1時49分から2時10分まで約30分ほど小休憩を挟みます。熟練のながら勢はここで駅外のコンビニへ買い物に行く者もあれば、ホームへ出て貨物列車が過ぎ去っていくシーンを缶コーヒーとタバコで一服しながら眺める者もあったりとまさに百人百様。また、レチさんによる遠州弁まじりの会話が相まって旅情を掻き立てます。往年の夜行普通列車もきっとこうだったのだろうなと思いにふける平成人だったのでした。
 旅客も乗務員も小休憩でリフレッシュを済ませ、再び遠州路をまったりと駆け始めます。

・浜 松 - 豊 橋 
(画像をクリックすると音声ファイルへ飛びます)
 夜中の東海道線は貨物列車の花道。浜松での小休止の最中、何本もの貨物列車に道を譲り、また反対方向へ急ぐ貨物列車とのすれ違いを見届けることとなります。まさに東海道の夜を旅する醍醐味ではないでしょうか。小休止を終えて、三十分ほど走行。そして今度は約50分の大休憩に入ります。
 (2008年末に録音した音源では、豊橋からジジババ団体移動に遭遇してしまいましたので、ドアが開く瞬間から2007年末録音の音源へと切り替わります)

・豊 橋 - 名古屋 
(画像をクリックすると音声ファイルへ飛びます)
 豊橋での大休憩を終えた直後、レチさまによる放送が始まります。
 「おはようございます。ただいまから、放送を再開致します」
 夜行列車としての役割は終え、ここからは夜明けの一番列車として名古屋へ一歩ずつ歩みを進めるのでした。

 ここからのスジは相当立っているようで、途中駅ではおおよそ5秒から10秒ほどの停車時間しかなく、各駅間ではトップスピードまで加速し無駄なく走行。そしてまったりとした減速音を奏でる発電ブレーキモードで減速していきます。(回生ブレーキと発電ブレーキとではブレーキの効き具合が異なるのか個人的には気になるところ)

 朧気な意識の中、三拍子笛ではない笛で発車していくシーンに名古屋みを感じつつ走行音を楽しんでいると、三河三谷あたりからいよいよ乗客がポツリポツリと増えだします。 蒲郡あたりから電気を食べてくれる列車が現れるので、回生ブレーキが働くシーンが徐々に聴かれるようになり、高速走行と素晴らしい東芝GTOサウンドに意識も完全に覚醒させられるのでした。
 大府を過ぎると、いよいよ名古屋への通勤勢がデッキを埋め尽くすようになります。普通列車としてもこなせるように設計されたこの車両の本領を発揮する様を目のあたりにできるとは...。後に京急の2ドア車で通勤通学をこなすようになるのですが、この頃の自分にとって2ドアの普通列車に通勤客が詰め込まれる様子はまさに異様な光景でした。
 そんなこんなでやっとこさ名古屋駅へ到着。急いで前方の大垣行きへ乗り換えるのでした。

 
 
  

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